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zoom RSS 「春宵十話」岡潔著

<<   作成日時 : 2012/03/20 20:52   >>

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画像1901年生まれの数学者が1960年代はじめに当時の世相について語った本である。それを1960年代生まれの自分が2010年代はじめに読む。時代を超越する鳥のような読書体験。と言っておこう。

年配の方が世相について語ればいつの時代でもそうであるように、本書では1960年代の世相について警鐘を鳴らし将来を憂う記述に満ちている。
題材は多岐にわたっているものの、その主張を10字でまとめると「情緒の教育が足りない」である。よーするに戦後民主主義教育がよろしくないと言っているらしい。
その主張が、時を経て、高度成長が終わって時代がひとまわりしたためか見直されたということか、本書は2006年に40年ぶりに復刊されたものである。

少し抜書きしてみるので、ふいんきにビビッときたら購読を検討してください。

<引用開始>

 近ごろは集団として考え、また行動するようしつけているらしいが、これこそ頭をだめにしてしまう近道だと思う。人の基本的なアビリティーである他人の感情がわかるということ、物を判断するということ、これは個人の持っているアビリティーであって、決して集団に与えられたアビリティーではない。学生たちに最初から集団について教え、集団的に行動する習慣をつけさせれば、数人寄ってディスカッションをしないと物を考えられなくなる。しかしそれでは深いことは何一つわからないのだ。(p105)

 いまはギリシャ時代の真善美が忘れられてローマ時代にはいっていったあのころと同じことです。軍事、政治、技術がローマでは幅をきかしていた。いまもそれと同じじゃありませんか、何もかも。ローマ史を研究するつもりなら現代をながめるだけで十分だと思うんですよ。月へロケットを打ち込むなんて、真善美とは何の関係もありゃしません。智力とも関係ないんですね。人間の最も大切な部分が眠っていることにはかわりないんです。(p193)

<引用終了>




以下私的な記述なので、あらすじとか内容を知りたい方は、もう読まなくていいです。


自分にとっては、著者の主張に対しては賛成も反対もない。そういうアプローチもあるんだね、と他人の視点を見てるような読後感である。

それよりも、自分が今までの半生(半分を越えてるけど)で教育や指導や批判を受けた、先生や教師や上司や、そーいったいわゆる「上の人たち」はほぼ本書の著者が批判する戦後教育を受けた方たちで、その世代に対して、さらに上の世代から否定的に警鐘を鳴らしているのは、ざまあみろって感じで、気分がよかった。
正直、戦後しばらくの間に生まれた人たちって、ぬるくて尊敬できない人が多かった。むしろその上の戦前生まれとか従軍経験あるとかの世代で、自分が若いころにもうおじいさんだった人たちのほうが、筋が通っていて「目上の人」に相応しかった。
ちなみに、逆に、バブル景気が終わった後に成長した人たちは、自分たちの世代より堅くてしっかりしてると思う。


(平成18年発行・平成24年購入、光文社文庫)

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